目的とねらい

1945年から、新日本がスタートしました。沖縄・奄美・小笠原・朝鮮・樺太はアメリカ・ソ連両軍の軍政が布かれ、本土は間接占領という違いはあれ、敗戦を受けとめての再出発でした。そこから日本はどのように生まれ変わったのか、変わらなかったのか、考えてみましょう。講師は、岩波新書のシリーズ日本近現代史(第3巻『日清・日露戦争』)や「週刊朝日百科日本史」編集委員を務めた、近現代史研究家です。

会場

河原町学舎

定員

40名

講師

原田敬一(佛教大学歴史学部教授)

日程

第4金曜14:00~16:00

1.敗戦の姿:4月28日(金)
1945年8月日本が連合国に降伏して、第二次世界大戦は終わった。大日本帝国の各地ではまだ戦争が続いていたし、沖縄では6月に戦後への歩みが始まっていた。「みな同じ」ではなかった日本の敗戦史をたどる。

2.新しい憲法をめぐる日本と世界:5月26日(金)
ポツダム宣言は、日本国民の自由な意思による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求め、そのため憲法改正が必要となった。GHQと日本政府のせめぎあいの中から新憲法が創られ、日本と世界の歓迎を受けた。

3.朝鮮戦争と日本:6月23日(金)
なぜ朝鮮戦争が起きたのか。なぜ国連軍が参加したのか。中国とソ連はどう関係したのか。日本は経済復興だけの関係なのか。考えてみる論点は多い。

4.講和問題と戦後日本の針路:7月28日(金)
第二次世界大戦の講和は第一次と比べて遅れた。冷戦の中での講和問題という難問でもあった。世界と日本はどこへ行こうとしていたのか、をたどる。

5.世界と日本の「高度経済成長」:9月22日(金)
日本の神話として語られる「高度経済成長」は第二次世界大戦後の世界の流れでもあった。外貨不足、技術の立ち遅れ、技術者の不足と未熟など多くの悪条件を克服して、日本の復興がなされていったのか、その問題点は何だったのか。

6.平和運動と安保闘争:10月27日(金)
いったんはアジアから手を引こうとしたアメリカは、朝鮮戦争後アジアへ再進出し、沖縄と日本を軍事基地化していった。それへの抵抗としての平和運動は、保守政権との対抗に進んでいった。その頂点が1960年の安保闘争だった。

7.戦後アジアと日本:11月24日(金)
アジア太平洋戦争後の東南アジアは、独立国として出発し、経済成長を求めていった。その成長にリンクしたのが日本経済だった。ヴェトナム戦争に肩入れする一方、侵略という傷を持ちながらアジア進出を進めた日本の姿を追いかけてみる。

8.警察予備隊、保安隊、自衛隊:12月22日(金)
出発当初から再軍備と批判された警察予備隊の発足は、マッカーサーGHQと吉田茂政権の共同作品だった。国民や隊員への説明としだいに乖離する政権の意図は、軍事大国日本にまで行き着いた。戦後日本はどのようにそれを見ていたのか。

9.「低成長社会」の意味:2月23日(金)
ゼロ金利と低成長は資本主義の行き詰まり、終焉を意味していると説明する論者(水野和夫氏ら)が増えている現在、日本社会はどのような歴史的位置にいるのでしょうか。

10.21世紀の世界と日本:3月23日(金)
テロ攻撃が激増する世界にあって、どのように考えるべきなのか。2018年は何の年の幕開けになるのか、予測できない。明治維新から150年、第一次世界大戦から100年、琉球政府主席に屋良朝苗氏が当選して50年、世界と日本はどう変わり、変わろうとしているのか。